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衣替モラトリアム:衣替えと整理

ファッション

気温の変動が激しい時、服装はどうするのか?

秋と同じ迷いが春にはあります。個人的には、最高気温が15度を超えてくると、秋冬のジャケットでは暑いため、春夏服を引っ張り出してくることにしています。寒の戻りといわれるような寒い日だけはまた、冬ジャケットを出しますが…もうこの時期には冬コートを着ることはないですね。春夏物では朝晩は寒かったりしますが、ここで活躍するのがスプリングコートでしょう。昼はコートを掛けて外に出てればちょうどいい気温の中を歩くことができます。自分はデスクワークだけの日は冬と同じくジャケット下にカーディガンを羽織って、カーディガンで日中活動していることが多いです。

冬と違うのはカーディガンの素材がウールではなく、リネン・コットン系統のものであること。春夏物のジャケット+リネン/コットンカーディガンであれば12度くらいでもそこまで寒く感じることはありません。

あるいはスカーフや、マフラーなども適切な防寒具でしょう。オフィシャルな室内の場であれば、コートやカーディガンを着るわけにもいきませんが、コートは手に持つのがかさばるのでお客先で、あるいはお客と移動の仕事で手に持ったままだったり、着たり脱いだりするのも手間です。カーディガンは脱ぎ着が一層面倒というか無理に近いでしょう。しかし、マフラーなどの巻物であれば、カバンにたたんでしまえるわけですから、コンパクトです。

 

この衣替えのタイミングでしたいのは、服のチェックです。この冬着なかった冬服は処分要検討です。その一方で、春夏の服も、やせた太ったでぶかぶかぱつぱつのシャツやTシャツをはじめ、これ今年着る?という観点からチェックしたいものです。気乗りしない服を着て行っても仕方ありませんから、個人的には部屋着にならないものは捨てることにしています。難しいのは、パンツです。ジーパンやチノパンをいつ捨てるのか?というのは難しいところでして、穴が開いたら捨てるのはもっともでしょうが、穴が開く前に大幅に体形が変わったり、もうこれはまったく履かなくなったというものは営利対象にしたいものです。

パンツのシルエットは個人的に重要視していて、「時代遅れのくたびれたスーツ」と人が感じるのは流行おくれのシルエットよりもオーバーサイズのジャケットだったり、靴にかかりすぎのパンツだったりするから、ではないでしょうか。ジャストサイズが流行によっても変わっていきますし、それをおかっけるかはともかく、洗濯して伸びすぎてしまったり、あるいはシルエットがタイトすぎるものをいつまでも使っていても、気分が乗りません。

流行を追うのか我流を貫くのか、そのバランスは人それぞれですが、気分が上がる装いだけは追及されてしかるべきでしょう。

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丸の外エキゾチック:京都の中心と周辺

ブラタモリ』でよく耳にするフレーズが「なんでもキワが面白い」でしょう。江戸時代の朱引の周辺や台地と谷の境界、異なる地層の狭間というキワがクローズアップされるのを視聴したことのある方ならご理解いただけるでしょう。


このキワに浮かび上がってくる差異がその土地の特徴を明らかにしていらことが多くありました。たとえば、A地方の中のB都市だけ違う、ということや、連続するCとDの違いや、あるいは港街という似たような役割があるEとF始めほかの同役割の街との違い、など。あるいはその都市の中でもそういうスポットがあるからこそ人気が出た、ということを浮き彫りにしているわけですね。


東京編のような都市の中の1つの地名スポットではなく、都市を見て回る際もキワが大事になるのはなぜでしょう。たしかに、他の地域との違いが「こっちはAがあるけど、こっちはない」なんて出てることが多いですが、栄えた町の中心部にこそそのらしさが残っているのではないでしょうか。街の「濃度」が濃いのは中心部のはずです。


京都を旅してみて、あるいは地図を見て、わかるのは、その観光スポットが周辺部にあること。もちろん京都の場合、二条城や御所などは都市の中心部にありますし、下鴨神社は郊外にはありません。しかし、他の有名な神社仏閣:銀閣寺、修学院、知恩院、八坂神社、清水寺は東端といっても良いような「ライン」を南北に形成していますし、金閣寺や嵐山は反対側のラインとなっています。上賀茂神社は市バスの終点にあり、東寺や伏見稲荷よりも南の観光名所は?と言われて思いつくのは宇治という別の都市であることを考えると、有名スポットほど周辺部にある、と言えるのではないでしょうか。

それはまず寺社が特に境界の役割を果たしているからと言えそうです。お墓を管理するお寺は埋葬地の問題で周辺に、寺社も戦国時代武装してた独立勢力であり、それを担保するには攻め込まれにくい山があるところ=盆地のキワである必要があったのかもしれません。

あるいは、神仏習合のなかで、お寺の基礎は「山」(たとえば、金閣寺は通称で、正式には鹿苑寺だったりとか)であることや、修験道的な山地を求めたこともあるかもしれません。禅宗的な発想を持っていた茶道は「市中の山居」を求めたそうですが、市街の山居として各々今日まで発展したのかもしれません。


個人的に、それ以外の要素として、アーキテクチャとして想うのは、周辺だから残った、ということです。川越は小江戸と呼ばれますが、それは江戸時代の遺構が残ることが理由の1つで、江戸時代風の建物が大火後のつくられ、江戸は江戸で大火で焼失してしまったから、です。

同じく京都の中心部も応仁の乱で多くが焼けたり、人々に必要とされ時代時代にあった改築・取り壊し・開発をしてきたのでしょう。それゆえ四条烏丸付近はビル街になっています。もちろん、必要に応じて残ってるものがありますが、全部はむりです。それにひきかえ周辺のとくにキワは時代の波が来るのが最後です。ひょっとしたらキワに到達する前に波ではなくなってしまうこともあったでしょう。キワがおもしろいのは「都市の中で最後に開発される、時代のフロンティア」になりうるから、かもしれません。

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スパークル:物語の戦争戦術(アニメ『幼女戦記』と『ガールズアンドパンツァー劇場版』から)

アニメ

戦争から、きらめきと魔術的な美がついに奪い取られてしまった。アレクサンダーやシーザーやナポレオンが、兵士たちと危険を分かち合いながら、馬で戦場を駆け巡り、帝国の運命を決する、もうそんなことはなくなった。これからの英雄は安全で物静かで物憂い事務室にて、書記官たちに囲まれて座り、一方何千という兵士たちが電話一本で、機械の力によって殺され、息の根を止められ、これから先に起こる戦争は女性や子供や一般市民全体を殺すことになるだろう。やがてそれぞれの国には、大規模で際限のない、一度発動されたら制御不可能となるような、破壊のためのシステムを生み出すことになる。人類は初めて自分たちを絶滅させることができる道具を手に入れた。これこそが、人類の栄光と苦労のすべてが最後に到達した運命である。(『危機の世紀』)

 

かの有名なイギリスの首相チャーチル第一次世界大戦を振り返ってこういったといいます。第一次世界大戦からそれまでの戦争とは大きく変わってしまった、ということでしょうが、ミサイルや無人機で攻撃をする昨今にチャーチルが生きていれば同じことを言ったのかもしれません。

人権や捕虜という概念も希薄な昔に、そもそも戦場に「きらめきと魔術的な美」はそもそもあったのか、というもっともな指摘はさておき、いまだ健在なのは、フィクションの世界でしょう。地球のみならず、宇宙や異世界での行軍物語が人気なのは兵器や登場人物が魅力的であるだけでなく、戦略と戦術・作戦のかけひきによる「きらめきと魔術的な美」がそこにあると感じるからに違いありません。

 

終末のイゼッタ』という第二次世界大戦のスイス的な国が舞台の、弱小国家が侵攻国家から身を守る際、魔法の力を借りるというSF?アニメがありましたが、物量vs魔女ではなく、最終的には魔力は(作中の)現代兵器の上を行き、魔力の殴り合いになったので、戦略的な話にはなりませんでした。魔法が登場する1910年代のヨーロッパ的な世界を舞台にした『幼女戦記』では魔力が航空戦力として戦略・戦術上重要なポジションを占めるものでして、戦略上の話が多く出てきます。

この『幼女戦記』のアニメの最後のほうに戦況の雌雄を決するために敵勢力を右翼撤退により誘い込み、反対側左翼戦線を突破して包囲する作戦がありました。

ローマ帝国カルタゴが戦ったカンネーの戦いの作中ではたとえられていました。間エーの戦いでは、カルタゴが両翼からローマ軍を突破して中央を包囲・殲滅したからでしょう。

しかし個人的には、アウステルリッツの戦いのようにも見えました。アウステルリッツの戦いでは、ナポレオン率いるフランス軍とロシア・オーストリア連合軍が戦うわけですが、戦況に大きく有利となる数の点では連合軍がまさり、またおなじく、有利にはたらく高地をとっていたのも連合軍でした。ナポレオンはあえて、軍の一部を手薄にすることで、そこを攻め込まれているうちに、逆に、高地へと攻め入って、打ち破りました。

ようは「一見有利に見せる餌を用意し、そこへ手を伸ばしたらたたく」というわけです。『幼女戦記』では、後退した軍の後ろには工業地帯があり、敵軍としては手に入れたいものです。そこで前進しているうちに…というのはアウステルリッツの戦い的であると思います。

 

ガルパンはいいぞ」で有名になった?『劇場版』ですが、ここにもアウステルリッツの戦い的な要素がありました。

こちらは序盤で主人公サイドが「ひっかかる」のですが、高地がありがら空きなのでとりあえず確保します。しかし敵が持っていた隠し玉で遠距離攻撃されてしまい、むしろ高地にいることが標的になりやすい負の価値を帯びてしまったのです。(同時に別部隊が高地を回避して迫っており、包囲されてしまうわけですが)

 

こうした「一見有利だけれど」という状況であって逆転していく「ひらめきと魔術的な美」こそ、物語の面白さとして求められているのでしょう。「アウステルリッツ的」なものは今後も目にできそうな一方で、それが紋切り型になって「ひらめき」「魔術的な美」が消え去ることはないでしょうが、物語の作り手にはより一層の作戦立案が求められることになりそうです。

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小樽の光:小樽の観光資源

水族館などもありますが、小樽駅から街が続く範囲を小樽というならば、どこまでも続いていきそうな札幌と違い、小樽は小さい街です。特に観光名所と言えるのは実質駅舎があるほうでしょう。駅から、鉄道と並行のように商店街・運河・海とあり、この3ラインが人のにぎわっているところ、でしょうか。駅を起点にこの3ラインに垂直に交じるようにフォークのようなかたちで導線ができている街です。

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いちばん有名なのは運河の倉庫街だと思いますが、ここまでいくには、この「フォーク」のどれかを進んでいく必要があります。いちばん大きな通りが文字通り大通りとして、駅から港までまっすぐ伸びていますが、フォークの「右翼」、駅を出て右端の通りにあるのが、往時の小樽を代表する今となってはレトロな建築物がある通り。おそらく、多くの方がこちらから運河へと向かうのではないでしょうか。

訪れたのは3月の3連休の中日。道路脇には雪が積まれている寒い日でしたが、運河では大勢の観光客が写真を撮っており、さまざまな海外の人も多くすれ違いました。ここからより、海寄りの港はほんとうに実用的な港で海が見えるくらいのたのしみしかなく、寒い日にわざわざ、ということなのか、人はまばらでした。(遊覧船もあるようでしたが、冬季はお休みのようです)

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小樽は寿司屋が多いことで有名で、私も一軒尋ねてみました。おたる政寿司はビルになっており、小樽でも有名なお寿司屋さんの一つでしょう。混雑ぶりとそのお寿司の味に人気ぶりがうかがえます。札幌のお寿司屋さんも東京よりリーズナブルでしたが、鮮度がさらに高いと感じられるネタでした。とくに北海道しか食べれないとどこかで聞いたことのあるボタンエビはとてもおいしかったです。

ここでも英語メニューがあり、隣の方が外国人カップルで、外国人の方が来る盛況ぶりを見ました。

小樽の町自体は山に囲まれそこまで大きい都市ではないのに、なぜにこんなに人が集まってくるのでしょうか。運河エリア?街並み?寿司?

寿司はたしかに東京、そして札幌とも違うおいしい寿司でしたが、グルメだけが目的なのでしょうか。

町並みはたしかに、海外のレンガ造りや石造りの建物がない街の人にとっては、新鮮でしょうが、連続した街並みと言うよりは、そういった歴史的な建物がぽつぽつとある程度で、運河のようなパースペクティブな景観としては見るのは難しいと思います。(現在、歴史建築物の隣が空き地になっている箇所があり、もしこれから建てるのであれば、街並みとしてレトロな連続感があったほうが、ウケはよくなるでしょう)

個人\的には新千歳から1本の列車かつ1時間30分程度、札幌から1時間というのが大きいのかもしれないと思いました。空港から直結というのは、ほかの北海道観光のついでに非常に立ち寄りやすい立地ですし、道内最大都市札幌からほど近いのも、3~5日のバケーションのうち、2泊札幌、1日小樽というのもたやすくできます。また、スキーもできる冬季は、スキーの「ついで」に観光できるというのが大きいかもしれません。

 

コンパクトゆえに成功した観光地として東京・横浜近郊の鎌倉・江の島が思い出されますが、鎌倉・江の島は観光だけでなく、住まいとしても人気で、そういった方向性にもっていけると人口減を止めるまではいかなくも抗うことができるかもしれません。

街の魅力は簡単には言語化できるものではありませんが、また訪れたい街です。

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3月のオリオン:札幌と小樽の覚書

3月の札幌は意外と暖かく、重装備が文字通り重くなりそうだった。JR駅前から大通まで、時計台とか道庁のレンガ造りの建物の観光名所がある通りは、雪がほぼゼロ。時折寒い風はふくものの、日中はそこまで寒くないです。そのうえ、商業施設や地下の歩行空間はとても暖かく、ダウンジャケットがそれこそいらないくらいでした。しかし、郊外にいくと雪は残っていて、歩行に支障をきたすほどではないせよ、レザーソールでは濡れてしまうでしょう。また、夜は札幌の中心と言えども、やや寒いでしょう。私が行ったときは東京の気温が一か月先取りするような暖かさに包まれており、札幌もやや暖かかったのでしょうか。JR札幌駅前には屋外も関わらず、ジャケット+コートという、東京の冬と同じような格好の方も見かけました。これも、屋内が暖かいからこそ、ちょっとだけ屋外に出るようなスケジューリングなら問題ないのかもしれません。

 

一方、小樽は札幌より小さい街であるためか、混んでいるように見えました。多種多様な国からこの小樽に観光客がきているようでした。駅前から雪が見え、昼間の気温も東京の真冬の最低気温よりも寒いような土地でしたので、重装備の格好が3月でも活躍しました。ブーツで北海道に飛び、ブーツが役に立ったのは札幌より、小樽でした。

しかし、札幌でうろちょろする場合、そこまで重装備である必要ないですし、脱ぎ履ぎが多いことが目に見えている場合ブーツと言っても、チェルシーブーツのようなもののほうが良いのでしょう。トリッカーズでいうならば、カントリーブーツよりも、カントリーシューズのほうがよいのかもしれません。

旅は身軽な荷物で行きたいものですが、着こみすぎて荷物になるのも考えものでそこが楽しくもあり、難しいところです。

キャラバン隊の到福

旅は楽しいものですが、冠婚葬祭で遠方に出るとなれば、服や持ち物に制限がついてきます。ご祝儀やお香典、それにともなうドレスコードに従った衣類、観光にするには向かない服をお供にせねばなりません。もちろん、主は旅行ではなくてその式に出席することなのですから、手を抜くというわけにも行きません。

今回は夏の結婚式とは対極の、お葬式で北へ向かいました。

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まず考えたのは、靴。靴好きというのもありますが、北の地方は今の時期雪がまだ降るし積雪も……と考えたブーツに。

ちょうどある丈が短めのグレーのウールパンツと合わせれば雪降る気温にも対応できそうてす。

やはり、黒の喪服は必須……と言いたいところですが、黒一色はなんどかな、と思うも、喪服=ブラックスーツ、というのが常識な人もあり、顰蹙は避けたいことでもあります。

そこで、黒に見えるダークネイビースーツに同じくダークネイビーのソリッドタイ。さすがに靴がブラウンブーツでは似合わないため、キャップトゥにすることに。ミヤギコウギョウのキャップトゥは慣れきったものの、レザーソールの短靴を雪の環境で履くのは気が引けます。

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そこで、グレーのパンツのジャケパンスタイルで現地まで行き、式典だけはスーツに。観光する際もジャケパンスタイルで行くことに。

問題はコート。北海道の冬はコートでも寒いので、防寒性の高いダウンジャケットに行くことに……でも外での儀式には対応し難いところが、心配でした。

しかし、北海道では建物内はもちろん地下通路など暖房がかなり効いています。結果的にスーツでも暑いくらいで、ちょっとの屋外移動は問題なく過ごせました。


葬儀は遺された人たちの集いの場。良い格好で良い想いでづくりに貢献したいものです。

二次関だけのバカンス:メイドインジャパンの靴

日本製を絶対に買わない、と言う人が家電や車なんかだとそこまで聞きませんが、ファッション関連だとやや多く現れる気がします。


たしかにスーツファッションの本流はイギリスですし、フランスやイタリアの各ファッションが「らしさ」を持っているのに対して、日本ならではのスタイルというのは弱いかもしれません。少なくとも欧米ブランドが、それぞれ「ならでは」の進化しているのに対して日本にはないよね、というのが、ニホンモノを持たない人の主張でしょう。

しかし、こうしたコメント、正直最近は減っていると思われます。


1つは日本のモノがシルエットや縫製などクオリティが良くなったこと。もう1つは日本製衣類がそうしたしっかりした設計のものばかりになり、安かろう悪かろう的なモノが中国より東南アジア製品になっていったこと。この二点の影響でしょう。

象徴的なのは日本でのグッドイヤーウェルテッドシューズの最も安価なものの1つは日本製ではなく東南アジアブランドであることでしょうか。


実際、日本の靴はシルエットや素材も充分ではないかと思います。

私がたびたび紹介して来たWFG別注ミヤギコウギョウのものは、ラストが合えば、丁寧な縫製を含めたしっかりした造りで、欧米のものでこの価格では買えないでしょう。踵が小さく、英国産の靴も、モノによっては脱げそうになる私の足にピッタリとフィットします。強いて言えば革が同価格帯の他ブランドよりやや劣るかもしれませんが、磨けば光りますし、手入れをきちんとすれば問題はないと思います。(ここを高級にしたアップデート版があれば……とよく聞く気がします。パターンオーダー会をたまにやってますが、そうした意味ではここで消化される欲求かも)


セントラル製靴のものも最近履くことがおおいですが、これも縫製などつくりの面、ラストなどのフィットの面もとても良いと思います。ミヤギコウギョウより革質は良いきがしますが、そのぶんステッチは荒いかもしれません。比べれば、のはなしですが。

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逆に日本ブランドの靴に足りないと思うのはカジュアルの靴。

例えば、トリッカーズのカントリーブーツや、ローファーなど、です。

キャップトゥや、セミブローグは日本製で揃えたのに対し、アンラインドローファーや、アンラインドチャッカといった「しっかりしてるところとゆるいところがある靴」や、カントリーブーツのような「ゆるいけど、どっしりしてる靴」といった塩梅は日本ブランドでは見かけない気がします。もちろん日本ブランドが取り組むほどの需要・競合とのブランド力などマーケティング分析によってあえてやってないジャンルなのかもしれません。

個人的にはオンは日本ブランドに任せっきりですが、それが全てになる日も近いのかもしれません。