屋根裏の冒険:『007』と『ナイブス・アウト』

一週間足らずで、公開される『No Time to Did』を持ってクレイグボンドは終わりを迎えます。

『カジノロワイヤル』から、よりシリアスな作風として「リブート」した007シリーズですが、ちょうどそれはメンズドレスファッションの「揺り戻し」のタイミングにありました。

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わかりやすいのはシャツの襟でしょうか。ブロスナン・ボンドがワイドカラーなのに対し、それより開く角度の狭い、セミワイドやレギュラーカラーを『カジノロワイヤル』以降のボンドは着用しています。
クラシック回帰についての、メーカーブランドやショップ提案は、2010年代後半からで、『カジノロワイヤル』公開が2006年であり、2018年公開の『スペクター』でのベルトレススーツは、ここ5年の実際のトレンドの先駆けになっています。
 
ファッションの流行は70年とか50年とか言われてますが、いま1960〜80年代風が流行っていることを考えてもそうなのかもしれません。
一方で、その半世紀前の、戦前のファッションに似ているかと言われると、これはNoで、「トレンドの2周目」が実際にやってるのは初なのかもしれません。
その2周目のタイミングで「リスタート」したのはなんとも興味深い偶然です。
 
シャーロック・ホームズの活躍を21世紀に置き換えた『Sherlock』でも、ジョン・ワトソンの経歴は「アフガニスタンで負傷した軍医」と、19世紀末の原作と同じ流れを描けているのと同じような偶然性を感じます。
 
ダニエル・クレイグ氏に名探偵を演じさせたのが、『Knives Out』です。
アメリカの富豪が怪死、その子や孫が金銭トラブルなど動機を持ち怪しいなか、名探偵と言われるブノワ・ブランが登場……というあらすじです。
アガサ・クリスティ作品など古典的なミステリ映画では動機は周囲から語られますが、本作は冒頭の容疑者たちへの聞き込みの際の思い出し=真実の描写として提示され、『コロンボ』シリーズのような倒叙もののような様相を示します。
しかし、そしてスートリーには絡まない名探偵、登場人物に「いたの?」という扱いまで受けますが、「ドーナツの穴」の謎が実はあることが示され「真相」が明らかになります。
 
この探偵、先に述べたように存在感があるようで事件解決への関与はなさそうでいて、「謎解き」はおこないます。
しかし、ツイードスーツにレギュラーカラーのデニムシャツ、サスペンダーにボタニカル・幾何学模様のタイと黒の革靴*1、と、今ドキのドレスファッションでありがながら、それがミックススタイルと言われるのと同様、どこの国・地域の者であるかイマイチわからない。それは、「ブノワ・ブラン」というフランス風味の名前ながら、喋りは米国の南部訛りであるのと同じように、得体の知らなさの強調になっています*2
 
これが『名探偵ポワロ』『ミス・マープル』であれば鋭い観察や、経験に裏打ちされた洞察が見えるところですが、容疑者と同じく初めてみた人物が本当に名探偵かは視聴者にも不明です。
しかし、倒叙的な回想でも抜けていた穴-それぞれの一人称視点からではみえていなかった-を明示するのは、ほかならない名探偵の所業です。
 
Sherlock』は原作を知らなくても楽しめますが、原作モチーフの勘案を散りばめることによって、『007』のリブート後は、それ以前の前例を優れたカタチで再登場させることで、より多くの人に忘れ得がたい作品となりました。
「2周目」あるいは「3周目」のエンタメがつくられつつあるなかで、単なるアップデートにとどまらず、その間隙を縫うこと。それが新しい定番となるには必要なのかもしれません。
 
ちなみに『ナイブス・アウト』と『007』シリーズは2021年9月25日現在、Amazonプライムで視聴可能です。

*1:公式Twitter参照

https://twitter.com/KnivesJp/status/1221237431862644741/photo/1

https://twitter.com/KnivesJp/status/1221751296618688513/photo/1

ちなみに、サスペンダ+ベルトというふつうは片方しかない上に、作中にもない装いのオフィシャル写真もあるようだ 

https://twitter.com/KnivesJp/status/1289365229101395970

*2:ちなみに、わざわざ上着を脱ぐシーンがあるのに必要性がわからない…