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川の上の雲

京都の寺社仏閣は街に多くあることが特色ですが、嵐山や比叡山など「際」の部分にも特色的な寺社は多くあります。貴船神社もそうした寺社の一つと言えるでしょう。左京区の山奥、川沿いの道路に沿って、本宮、中宮、奥宮とあり、夏でも涼しい空間です。

 

貴船神社の象徴に名前の通り「船」があります。奥宮の境内に「船形石」という船の形をした、石が積み上げれたもので、伝説では、初代天皇神武天皇の母である玉依姫命が大阪湾から水源を探し、当地に来たということで、その時の船が石で包まれたものがこの「船形石」です。その船が黄色い船であったため、貴船となったそう。

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この黄船の旅、どういったものだったのでしょうか。

大阪から阪急電車にのるとまず目にするのが淀川です。長い鉄橋を渡って行くと淀川の大きさがわかります。京都に行く際は淀川の西岸を走って行くことになります。逆に東岸を走るのが、京阪電車です。中之島という旧淀川の河口付近から出発し、八幡、樟葉と、淀川を左手に眺めながら進んでいきます。宇治川を渡った中書島京阪本線宇治川と別れ北上、鳥居で有名な伏見稲荷の麓を通って京へ入っていきます。淀川の本流は宇治川と名前を変え、琵琶湖へと遡ることができるのですが、逆に宇治が下っていき淀川と名前を変えるポイントで他に2本の川が合流します。南から木津川、宇治川桂川と合流しますが、京阪本線は今度はこの桂川の支流の一つ鴨川にそって京都市内の終点出町柳へと走っていきます。出町柳は途中の四条などよりも小さい駅ですが、叡山電鉄との乗り換えが可能で、この叡山電鉄に乗ると、さらに北に進んでいきます。鴨川とすぐに別れ、鴨川に注ぐ鞍馬川沿いを走っていきます。叡山電鉄の名前は比叡山から来ていますが、その比叡山方面ではない、鞍馬方面への電車はこのまま、鞍馬川に沿って、北へと進んでいきます。終点の鞍馬のひとつ前の駅、貴船口駅で、鞍馬川と貴船川が合流しています。ここから、貴船川沿いの京都府道361号を進むと、貴船神社につきます。現代で約2時間ほどのこの行程が伝説上の黄船の旅です。

江戸時代までは、船か徒歩、馬が移動手段であり、船は輸送機関として大きな役割があり、海外を含めて、「海の向こうから人と荷物を持ってくる」船にてその源流まで遡ることは、大きな意味があると思います。

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電車で貴船口で降りて、徒歩で歩いて行こうとすると20分ほどは歩くことになり、駅前のバスを利用するのが便利です。しかし、神社とは逆方向に、そのバス乗り場を通り過ぎていき、貴船川と鞍馬川の合流地点に下ると、一の鳥居と舵取り神社があります。一の鳥居は京都府道38号線にあり、木が沿道に茂っておらず見通しがききますが、貴船川沿いに進むと一気に緑が多くなり、その境界として鳥居と道路の上を通る叡山電鉄があります。神社としてのスタートポイントはこの貴船川の終着点というのが、遡ってきた伝説を鑑みると象徴的です。また、ここに建てられている摂末社が舵取り神社という名前であり、伝説に由来するということだけでなく、舵という船尾に取り付けられているものが入り口に祀られているというのも象徴的です。

 

駅前からは川沿いの緑あふれる山の中といった道を進むことになりますが、貴船神社本宮の周辺は料理旅館が多くあり、貴船川上で料理が楽しめる川床があり、夏は特に納涼として人気を集めているようです。そういった建物が並んでおり、旅館街とまではいかなくても旅館が立ち並ぶ通りは風情を感じさせます。

川に面している側にも山に面している側にもありますが、こうした建物が山側で切れたところに本宮への鳥居と参道があります。この階段は、おそらく貴船神社で一番有名な撮影スポットではないでしょうか。入り口ということもあってかスマホやカメラを手に撮影されてる方を多く見かけます。f:id:thumoto:20150905223901j:plain

この階段を登り、道路よりも2段階くらい高いところに社殿があります。社殿手前には湧き水があり、水に入れると吉凶の文字が浮かぶ占いがあり、祀ってある水神にちなんだ仕様になっています。

中宮は、本宮からまた道路に戻り、道路脇を進んでいくと、またしても鳥居と階段があり、登って行くと社殿がありまります。こちらは縁結びの神様として有名なので、敷地は本宮よりもこじんまりをしていますが、多くの方がこられるようです。f:id:thumoto:20150905224028j:plain

ここから、更に川沿いに歩いて行くと奥宮があります。旅館などの姿はなくなってくるころ、車が走る道路とは別に参道があるのが見えます。今度は階段などで、高さが道路と変わることがないです。紅い灯籠が設置された砂利道を進んでいくと、入口が見え、中に入ると社殿と社殿左手に「船形石」があります。もともとは奥宮がこの神社があった場所らしく、そもそも「龍穴」の上に奥宮社殿が建っているそうです。この「龍穴」見ると大変なことになるという言われる物騒なものですが、日本のお守り的な「大切なものは隠す」信仰を考えると「船形石」が石によって船を隠したものとされているように、大切なモノだからこそ隠されているのでしょう。

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神社の名前の「貴船」は地名だと「きぶね」で濁り、神社では水神を祀るため濁らず「きふね」と呼ぶそうですが、もともとは「気生根」「気生嶺」と書く、と言われています。「気を生む源、根っこ」「気を生む山」という意味ですが、「龍穴」信仰がそもそもあったとするのならば、この「気生根」という字がいつしか「貴船」に代わり、そのことによって、「貴船」伝説が誕生していったのかもしれません。大阪湾から京への船での交易は古くから、重要なものであったに違いありません。そういった大事な川の源流を求めていくとたどり着いた場所が、気を生む、いわばパワースポットであった。「気生根」に「黄船」が重なった瞬間が今のこの場所を作り上げたのかもしれません。

この神社と周辺が信仰を集め栄えてきたのは、一つは京の北から峠を超えたところにあり、このまま貴船川を下っていくと京へと到着します。そういった都への入り口の宿泊街として栄えた点があるかもしれません。また、京都の方から見ると、京の都の際であり、京都の洛中とは全く違う空気のある場が近場の癒やしの場として人気を集めていたのかもしれません。市中の山居が求められ人気を博したお茶を考えるとそこまで不思議はないかもしれません。日本の寺社は、入り口から一直線上に奥行きや高さによって神聖性を担保していると聞きますが、京都側から山に登って行き、奥へ奥へと参拝しに行くのは、そういった神聖性の構造を持ち合わせています。道であり、参道であるという特殊性がここにしかない町並みを造り上げています。

個人的には、山の空間でありながら、「貴船」という川を通して海まで見通す大きな視点と、「気生根」という何やら清浄な山の空気に包まれた空間がこの貴船神社と貴船の魅力だと思い、京都に行くときは伺いたくなる場所です。f:id:thumoto:20150905224420j:plain