銘〈ネーミング〉の生態系

”The City“

この単語を聞いて、ロンドンに少し詳しい人ならば、「市」ではなく、「ロンドン金融街」がい思いつくかもしれません。高級靴のブランドとして知られるジョン・ロブ(JOHN LOBB)では、この金融街の名前を冠した靴があります。

Dover

英仏海峡ドーヴァー海峡を意味するこの単語も、エドワード・グリーン(EDWARD GREEN)を知っている人であれば、エプロンダービー(Uチップ)の靴が思い起こされるでしょう。

ひるがえって日本でおそらく一番有名なリーガル(REGAL)は数字によるネーミングのみです。日本で最古の製靴メーカー大塚製靴の自社ブランドでも基本的には固有名より数字による分類がなされています。

名前をつけることは数字で呼ぶよりも親しみが感じられると思うので、ブランディングとしえは、

とても意義のあることだと思います。しかし例に上げた靴を見て取って比べてもだいぶ海外と違ってくる気がします。

 

先ほど挙げたジョン・ロブだと、他には「ジャーミン」や、「ガルニエ」という場所名のものが多いようですが、「ロペス」や「フィリップ」などその靴の誕生経緯に関わった人の名前のものなどがあります。

エドワード・グリーンでは、「ダウニング」や「バッキンガム」「ウェストミンスター」といった地名のものと、「チャーチル」「グラッドストーン」「アスキス」といった人名、特に政治家由来のものにわかれるようです。

「バッキンガム」や「ウィグモア」という城由来の地名のものはスリッポンタイプ、「チャーチル」、「グラッドストーン」といった政治家由来のものはレースの内羽根靴が多い気がしますが、一方で、高級住宅街の「チェルシー」はキャップトゥ、同じく高級住宅街の「ベルグラーヴィア」はタッセルスリッポンだったり、教会や国会で有名な「ウェストミンスター」は修道士由来のダブルモンクであるのに対して、「カンタベリー」は内羽根パンチドキャップトゥだったりと、法則があるのかないのか・・・といったところです。

チャーチ(Chuch’s)では、「コンサル」、「ディプロマット」といった役職名や、「ニューヨーク」「ギンザ」といった地名から来ているものがあるようです。

ジョン・ロブでは「シティ」と名付けられているキャップトゥ、エドワード・グリーンでは「チェルシー」、チャーチでは「コンサル」とそれぞれ名付けられており、ブランドのスタンス、のようなものが見え隠れしているような気もしますね。

 

ひるがえって、日本の靴ブランドだと、先ほど挙げたリーガルや、大塚製靴などは、数字での分類がなされています。

2001年から展開しているブランドの三陽山長では、「友二郎」「鷲六郎」といったような(やや時代の古い)人名的な名前をモデルごとに付与しています。キャップトゥタイプだと「友」の字が入り、「友●郎」という名前が、フルブローグ(ウイングチップ)だと「鷲」の字が入り、「鷲●郎」という名前が与えられるような制度の元、銘をつけているようです。タイプの分類によって、システマチックに名前をつける制度は、わかりやすいのではないでしょうか。

山形県のメーカー宮城興業が靴専門のセレクトショップであるワールドフットウェアギャラリーと組んで展開しているMiyagiKogyoでは、花の名前を付与しているようです。キャップトゥはメーカーがある山形の花「ベニバナ」の名前が与えられているのをはじめ、ダブルモンクには「カキツバタ」、エプロンダービーには「フジバナ」と名付けれています。どれも、「バラ」「カーネーション」のような西洋的な花というよりも、日本的な花から名前が付けられているあたりに、日本ブランドとしての誇りや意志の表れなのかもしれません。

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同じく、ワールドフットウェアギャラリーで展開している東京の靴メーカーセントラル製靴のブランドCentralでの靴たちは、季節や空に関する名前が付けられているようです。サイドエラスティックには「初秋」、キャップトゥには「天の川」といった具合です。こちらも日本ならではの単語を使った、日本発信のブランドとしての意志が顕れているのかもしれません。

こういった名前をつけているのがいづれも21世紀に入ってからのブランドであり、1990年代までの海外ブランドブームやそこからの受容、日本からの発信をするという機運が高まってきたのがちょうど高まってきたのが、このあたりの時期から、なのかもしれません。

 

もし、たとえば、英国風に都市名や地名をつけるとしたら、どうでしょう?「東京」という名前なのか、あるいは「日本橋」とか「新宿」とかにするのかもしれませんが、「横浜」「福岡」「札幌」みたいな名前をつけていくのはたやすいかもしれません。自分の出身地の名前をつけたモデルはどういった一方でその都市へのイメージと実際に名付けられたモノとの乖離を感じる人も多いかもしれません。

人名をつけるのを同じようにやってみた場合、「徳川家康」「坂本龍馬」とか歴史上の人物の名前をつけると、明確には言語化できませんがなんだかな…という気がしますし、近現代の政治家の名前などつけると物議を醸しそうです。

 

ネーミングとしてとてもシステマチックかつ特徴的なのが、軍艦ではないでしょうか。

艦これで有名なのでご存じの方も多いと思いますが、英国では「ネルソン」「クイーン・エリザベス」のような人名をつけたりするのに日本では、「偉人の名前のフネが沈没したらどうする」という危惧から人名由来の銘々はしなかったと言われています。

紆余曲折や例外があるものの、日本の帝国海軍では、空母が「瑞鶴」「蒼龍」といった龍や鶴などおめでたい(架空の)動物」、戦艦が「長門」「扶桑」といった旧国名重巡洋艦が「摩耶」「足柄」といった山の名前、軽巡洋艦が「龍田」「熊野」といった川の名前、駆逐艦が「雷」「暁」といった気象等の名前をつけるといったルールのもとネーミングがなされていたようです。

愛宕」の艦内神社は愛宕神社、「熊野」の艦内神社は熊野坐神社(現・熊野本宮大社)といった「地元」との結ぶつきがあることもあるせいか、地元の名前が付けられた軍艦の報道が地域紙でなされていたこともあるようで、注目度はあったようです。f:id:thumoto:20150815235515j:plain

 

旧国名は、都市名に近いようなネーミングの反響になりそうですが、山や川の名前や気象の名前というのは意外と「あり」なのではないでしょうか。

ところで、軍の兵器のうち軍艦(と航空機)くらいしか、命名をそれぞれにされているものはないようですが、ファッションにおいても、名前が豊富で名前が前面に登場するのは靴のようです。軍艦は、フネという大きさや同型艦であっても違うという唯一性や、西洋での、10年20年は使える靴というファッションアイテムにとどまらないパートナー的なところから、こういった個々のモデルに名前のついた展開が起きているのかもしません。