ULTRA BLUE

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メンズの代表的な色であるネイビーとグレー。

ネイビーは青の明度によってさまざまな表情を持つため、
フォーマルでは薄い水色のシャツに濃紺スーツとタイ、カジュアルではロイヤルブルーのジャケットに、ブルーTシャツ、ブルージーンズといった、シチュエーションによってその色合いを使い分ければ、極端ですが青一色しか持たない主義のクローゼットも可能です。
 
しかし、ブラウンかピンク、グリーンといったほかの色が流行するなかで、
ネイビー(とグレー)は気にせず着れるベーシックな色とはいえ、
ネイビーの中にも明暗違うトレンドがあります。
 
ひとつには季節的なものとして、春夏SSもののほうが、秋冬AWものよりも
明るいトーンのものが多くなります。
これは単に、春夏のほうが暖かく、日照時間が長いために、
鮮やかになる一方で秋冬は寒く、夜が長くなる、といった時期による問題なのでしょう。
  
もう一つとして時代の流れとしての流行があります。
たとえば、今の時代は少し前よりも明るめのネイビーが主流のようです。
セレクトショップなど、洋服のお店を見て回ると、ブルーのチェックジャケットのほかに、ブルーの織りが入ったジャケットなどもみかけます。ジャケットの素材として、明るめのネイビーではなく、ほぼブルーといってよいような柄をよく見かけるのは、カジュアル化や素材のポップ化:マイクロドットや織りの入った柄モノと無地の間のような柄の流行があるのかもしれません。
本年もそうですが、チェックが変わらず流行している中、シンプルなチェックから複雑なチェック柄がはやり、さらに細分化したマイクロチェック、つまり一見すると無地のようだがチェック柄といったものも展開されております。こういったところから無地ではない証として明るいブルーが流行っているのかもしれません。
あるいは、デニムやデニムライクなスーツやジャケットが流行るように、明るいブルーが流行っているのかもしれません。
チェック柄にせよ、デニムにせよ、カジュアルな要素をスーツスタイル・ジャケットスタイルに持ち込むのは、Tシャツにスーツといった恰好や、かしこまってないスーツのありかたが模索されているから、かもしれません。ダンディズムで想像される暑くてもネクタイをする恰好ではなく、寄り現代的なカジュアルだけれどドレッシー、よりそう意味でのSUITSの模索なのかもしれません。
 

City of Stars:金沢

金沢、一言で言うとスケールの大きい都市、という印象でした。


土地面積の大きい場所といえば北海道でしょうが、札幌はたしかに平地広がる土地です。

しかし、金沢は兼六園や、その持ち主の居城金沢城の広さに圧倒されます。こうした広いところは札幌近郊では公園くらいなものでしょうか。

特に外せない観光場所として名前が上がる兼六園金沢城21世紀美術館は一箇所にあるわけでこの「金沢」の大きさに多くの人がふれてきたのではないでしょうか。

もしくは駅前の巨大な門を見てから行くとより一層こうした感慨を持つのかもしれません。


金沢の他の面に関しては、観光地が散らばっているのが面白いと思います。ひがし茶屋街、金沢城周辺、香林坊、近江町市場、武家屋敷はいずれも駅から歩くにはやや遠いが、バスなら数分といった星のように点在しています。それぞれこ観光地同士も歩くにはやや遠く、バスなら近いが、バスが混んでると難儀する、といった感じです。この微妙な距離間や、城や庭園の広さによって金沢ではけっこうな距離を歩きました。歩くことがマイナスとは思っていませんが、京都の東山や北山のような観光スポットが固まっているエリアがあるというよりは、スポットそのものが点在しています。


しかし、金沢の特徴は、そのスポットを現代まで遺しているだけでなく、金沢駅21世紀美術館、裁判所などの現代の建築や文化を観光客に印象的に見せているあたり歴史的なひがし茶屋街・武家屋敷・金沢城兼六園といった歴史文脈だけではない要素を出せている街だと思います。

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Another Day of Stars:La La Landの夢

※この項は『ララランド(La La Land)のネタバレを含みますぞい。

 

 

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この物語は、時代がいつなのだろう?と思うところが節々にあります。それは、まず第一におそらく画質や原色使いのファッションのせいなのでしょうが、プリウスに乗っていることやスマホをいじっていることを忘れれば、1930年代の設定と言われても不思議ないと思います。その最大の点は、セブの恰好でしょう。彼の嗜好がトラディショナルなジャズ好きだからか、彼のファッションも白と黒のコンビのフルブローグ、いわゆるスペクテイターシューズと呼ばれる靴で、トラディショナルの空気を感じます。シャツのいまどき珍しいレギュラーカラーで、ネクタイも細目とこれまたジャズが流行った時代の空気を感じるものに。戦前に特徴的な三つ揃えやサスペンダーが出てこないあたり、戦後の黄金期ファッションなのでしょうか。乗っている車にもこだわりが見えます。007がトラッドながらもトレンドも混ぜ込まれたルックスでハイテク武器を使うのに対して、セブは、トラッドそのものでしょう。

ファッションの色に関していえば、原色の多用は多く指摘されているところですが、たとえば、Someon in the Crowdのパーティーで女性陣が原色のドレスを身に着けているのに、男性陣はシャツもパンツもダークな色合いのものを着ており、青いドレスのミアと赤いドレスの話し相手のような個々人同士が対比になっている一方で、女性陣がカラフルの一方で、モノトーン(というかダークトーン)の男性と言う対比構造になっています。ちなみにセブはこのあとの邂逅で白シャツを着ており、パーティー男性との対比になっているのはないでしょうか。

また、セブの格好は白系か茶系の要素が入っていて彼のテーマカラーなのでしょうか。確かに車もブラウン系統です。

 

インテリアも作品としての(あるいは無意識の)こだわりがあるようで、姉との椅子についての口喧嘩からもその要素はくみ取れますが、ミアを含めた内装のインテリアとしていつの時代のものかわからないもので占められています。スマホで連絡をすることはあっても、TVを見ているというシーンが出てこないのは、TVなんて物語に要らないから、というもっともな指摘もわかりますが、薄型テレビを(それとわかるように)出さないことで、制作年2016年にとらわれない・ピン止めされないようにしている気がします。

あるいは、彼らの世界にあるメディアは、スマホと映画、舞台、そしてパーティーで会う人のみ、ということかもしれません。映画撮影がすぐそこにある世界に暮らしている一方で、TVドラマは登場しませんし、セブが有名になって来るメディア取材の媒体は雑誌なのです。これは彼らはTVを見ないということではなく、第一に街の中のメディアが必要ないからなのでしょう。つまり彼らにとって、メディアは映画撮影スタジオがある街に住む仲間との会話やオーディションの合否連絡の手段や、夢のステージやそれをつかむ手段("Someone in the crowd could take you where you want to go")でしかなく、両親や姉という血縁者を除けば街で完結しており、電話連絡やメールはしても、SNSやWEBサイトチェックはしないわけです。基本的な住環境が現代でなくても通じるあたりが、現代離れしていると感じるところでしょう。

 

セブとミアがカップルにとして危機を迎えるポイントは2点。セブが売れ出したことと、ミアが夢をあきらめたところにあります。この2点に共有しているのが、ロサンゼルスを離れること、です。街の重力というべき夢を見る同士でとしてつながっていた2人がバラバラになりそうになるのは、仕事のため、あいは夢破れてこの街を出ていかなくてはならなくなったからです。そのため、ミアの夢が叶い元の関係に戻ったかのように見える二人が終わりを迎えたのは、ミアがロサンゼルスを出てしまったから、かもしれません。

5年後、二人が再度出会うシーンで、突如ミュージカルが始まります。思い出のように見えるそれは次第にifの世界であることがわかります。これは誰の「夢」なのでしょうか。ミアに娘がいることがifでは息子になっていたところから、決してセブ一人の夢ではない気がします。(有名女優ミアの娘のことはエンタメ情報として紹介されていそうですが、セブは街で閉じている人なのですから、知っているでしょうか)それだからこそ、最後二人は、ほほえみ=あり得たかもしれないイマとそうではないイマを承認できるのだと思います。

La La Landとは「ロサンゼルス(LA)」「夢見がちな状態、夢見心地」を意味するようです。本作冒頭、突然のミュージカルで始まるわけですが、その非現実感「夢見心地」を味わい、ミアとセブのロサンゼルス各所でのミュージカル=夢ごこちを味わい、彼らの夢が現実となって双方に確認された際、ミュージカル=夢見心地の終わりとともに映画が終わる構成はまさにLa La Landそのものです。

もたついてやりきれない:ダサさについて

ダサさ、とは何でしょうか。ロックスタイルや、ストリートスタイルが好きな人がネクタイやスーツスタイルを批判するような「ダサい」、というのはスタイルの違いによる批判です。そうではなくて、同じ(ような)スーツやジャケット、カジュアルならTシャツやジーパンを着ているのにも関わらず、ダサいと思う格好が存在するのはなぜでしょうか。

 

ひとつは一昔前の流行の柄を着ている、なんてことはあるでしょうか。シャツのボタニカル柄やドット柄のようなスタイルは、こういった点でははやりすたりがあることは否めません。しかし、スーツなどの柄はストライプ、チェックとそこまで時代によって奇抜なものが出てくるということはまれです。

 

あるいは、ジャケットのボタンの位置などの変更があります。3つボタン・2つボタンにもはやりすたりがありますが、それだけでなく、ボタンの位置の変更もあったりします。基本的に、1番下のボタンは腰ポケットの上限と同じ水平ラインにありますが、Vゾーンが深いものだと、それよりも下に、逆にVゾーンが浅めのジャケットだとそれよりも上に着たりするようです。一番下のボタンから10~11cm上に上に留めるボタン(2つボタンなら1つ目、3つボタンなら2つ目ですが、段返りだとここのみ留めます)がくるものでして、ここの間隔も若干狭くなったりするものの、間隔の変更よりもボタンの配列ごと上げ下げするのが多いようです。ここが極端だと、たしかにダサいというものもあると思います。しかし、現在既成で売られているスーツを見てみるとブランドやラインによってこのボタン間隔は上げ下げされており、こちらは流行りというよりも、スーツの中のスタイル、たとえばモードっぽいスーツであればラペルが細く、ボタンの位置も下であるといった、の選択になってきているように思えます。

 

だとするならば、ゆったりさ・タイトさといった観点ではどうでしょうか。近頃、ダブルブレステッドのジャケットを見かけるようになりました。ダブルのジャケットというと、ステレオタイプのイメージだといかつい人が着ている、だぼっとしたものを思い浮かべるでしょうが、近頃のものはタイトなものが多くなっており、丈も短くなっております。ここでダブルが流行っているから、ということで、30年前のダブルを引っ張り出すと古臭く見えます。

また、パンツの裾も長めにするのが好きです。スーツを買ってパンツの裾を直して尾もらうとき、特に指定しないと長めにされる傾向にあります。これは長めにするのが好きだったのかそれで気に入らない場合、短くするのは容易にできてリカバリーができますから、そういったクレーム対策なのか、原因や背景はよくわかりませんが、基本長めにすることが好まれるように思えます。しかし成長期の学生ではなく身長が目に見えて伸びることはないですから、好みがあるにせよ、とりあえず長めというのはやめたほうがスマートです。

そして、ジャケットやシャツも、ワンサイズ大き目をすすめる傾向にあることも。対と過ぎるとシャツは首が苦しかったり、ジャケットは窮屈な感じがするということでしょうか。これもクレーム対策なのかもともとそういうのが好きな時代の名残なのか不明ですが、スーツ=SUITsという文字通りぴったりするのがよいという観点からすれば、やや奇妙です。

大きすぎず小さすぎずバランスのよさは難しさですが、裾やシルエットが大きくて「もたつく」のはダサさ解消のために心がけたいポイントです。

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衣替モラトリアム:衣替えと整理

気温の変動が激しい時、服装はどうするのか?

秋と同じ迷いが春にはあります。個人的には、最高気温が15度を超えてくると、秋冬のジャケットでは暑いため、春夏服を引っ張り出してくることにしています。寒の戻りといわれるような寒い日だけはまた、冬ジャケットを出しますが…もうこの時期には冬コートを着ることはないですね。春夏物では朝晩は寒かったりしますが、ここで活躍するのがスプリングコートでしょう。昼はコートを掛けて外に出てればちょうどいい気温の中を歩くことができます。自分はデスクワークだけの日は冬と同じくジャケット下にカーディガンを羽織って、カーディガンで日中活動していることが多いです。

冬と違うのはカーディガンの素材がウールではなく、リネン・コットン系統のものであること。春夏物のジャケット+リネン/コットンカーディガンであれば12度くらいでもそこまで寒く感じることはありません。

あるいはスカーフや、マフラーなども適切な防寒具でしょう。オフィシャルな室内の場であれば、コートやカーディガンを着るわけにもいきませんが、コートは手に持つのがかさばるのでお客先で、あるいはお客と移動の仕事で手に持ったままだったり、着たり脱いだりするのも手間です。カーディガンは脱ぎ着が一層面倒というか無理に近いでしょう。しかし、マフラーなどの巻物であれば、カバンにたたんでしまえるわけですから、コンパクトです。

 

この衣替えのタイミングでしたいのは、服のチェックです。この冬着なかった冬服は処分要検討です。その一方で、春夏の服も、やせた太ったでぶかぶかぱつぱつのシャツやTシャツをはじめ、これ今年着る?という観点からチェックしたいものです。気乗りしない服を着て行っても仕方ありませんから、個人的には部屋着にならないものは捨てることにしています。難しいのは、パンツです。ジーパンやチノパンをいつ捨てるのか?というのは難しいところでして、穴が開いたら捨てるのはもっともでしょうが、穴が開く前に大幅に体形が変わったり、もうこれはまったく履かなくなったというものは営利対象にしたいものです。

パンツのシルエットは個人的に重要視していて、「時代遅れのくたびれたスーツ」と人が感じるのは流行おくれのシルエットよりもオーバーサイズのジャケットだったり、靴にかかりすぎのパンツだったりするから、ではないでしょうか。ジャストサイズが流行によっても変わっていきますし、それをおかっけるかはともかく、洗濯して伸びすぎてしまったり、あるいはシルエットがタイトすぎるものをいつまでも使っていても、気分が乗りません。

流行を追うのか我流を貫くのか、そのバランスは人それぞれですが、気分が上がる装いだけは追及されてしかるべきでしょう。

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丸の外エキゾチック:京都の中心と周辺

ブラタモリ』でよく耳にするフレーズが「なんでもキワが面白い」でしょう。江戸時代の朱引の周辺や台地と谷の境界、異なる地層の狭間というキワがクローズアップされるのを視聴したことのある方ならご理解いただけるでしょう。


このキワに浮かび上がってくる差異がその土地の特徴を明らかにしていらことが多くありました。たとえば、A地方の中のB都市だけ違う、ということや、連続するCとDの違いや、あるいは港街という似たような役割があるEとF始めほかの同役割の街との違い、など。あるいはその都市の中でもそういうスポットがあるからこそ人気が出た、ということを浮き彫りにしているわけですね。


東京編のような都市の中の1つの地名スポットではなく、都市を見て回る際もキワが大事になるのはなぜでしょう。たしかに、他の地域との違いが「こっちはAがあるけど、こっちはない」なんて出てることが多いですが、栄えた町の中心部にこそそのらしさが残っているのではないでしょうか。街の「濃度」が濃いのは中心部のはずです。


京都を旅してみて、あるいは地図を見て、わかるのは、その観光スポットが周辺部にあること。もちろん京都の場合、二条城や御所などは都市の中心部にありますし、下鴨神社は郊外にはありません。しかし、他の有名な神社仏閣:銀閣寺、修学院、知恩院、八坂神社、清水寺は東端といっても良いような「ライン」を南北に形成していますし、金閣寺や嵐山は反対側のラインとなっています。上賀茂神社は市バスの終点にあり、東寺や伏見稲荷よりも南の観光名所は?と言われて思いつくのは宇治という別の都市であることを考えると、有名スポットほど周辺部にある、と言えるのではないでしょうか。

それはまず寺社が特に境界の役割を果たしているからと言えそうです。お墓を管理するお寺は埋葬地の問題で周辺に、寺社も戦国時代武装してた独立勢力であり、それを担保するには攻め込まれにくい山があるところ=盆地のキワである必要があったのかもしれません。

あるいは、神仏習合のなかで、お寺の基礎は「山」(たとえば、金閣寺は通称で、正式には鹿苑寺だったりとか)であることや、修験道的な山地を求めたこともあるかもしれません。禅宗的な発想を持っていた茶道は「市中の山居」を求めたそうですが、市街の山居として各々今日まで発展したのかもしれません。


個人的に、それ以外の要素として、アーキテクチャとして想うのは、周辺だから残った、ということです。川越は小江戸と呼ばれますが、それは江戸時代の遺構が残ることが理由の1つで、江戸時代風の建物が大火後のつくられ、江戸は江戸で大火で焼失してしまったから、です。

同じく京都の中心部も応仁の乱で多くが焼けたり、人々に必要とされ時代時代にあった改築・取り壊し・開発をしてきたのでしょう。それゆえ四条烏丸付近はビル街になっています。もちろん、必要に応じて残ってるものがありますが、全部はむりです。それにひきかえ周辺のとくにキワは時代の波が来るのが最後です。ひょっとしたらキワに到達する前に波ではなくなってしまうこともあったでしょう。キワがおもしろいのは「都市の中で最後に開発される、時代のフロンティア」になりうるから、かもしれません。

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スパークル:物語の戦争戦術(アニメ『幼女戦記』と『ガールズアンドパンツァー劇場版』から)

戦争から、きらめきと魔術的な美がついに奪い取られてしまった。アレクサンダーやシーザーやナポレオンが、兵士たちと危険を分かち合いながら、馬で戦場を駆け巡り、帝国の運命を決する、もうそんなことはなくなった。これからの英雄は安全で物静かで物憂い事務室にて、書記官たちに囲まれて座り、一方何千という兵士たちが電話一本で、機械の力によって殺され、息の根を止められ、これから先に起こる戦争は女性や子供や一般市民全体を殺すことになるだろう。やがてそれぞれの国には、大規模で際限のない、一度発動されたら制御不可能となるような、破壊のためのシステムを生み出すことになる。人類は初めて自分たちを絶滅させることができる道具を手に入れた。これこそが、人類の栄光と苦労のすべてが最後に到達した運命である。(『危機の世紀』)

 

かの有名なイギリスの首相チャーチル第一次世界大戦を振り返ってこういったといいます。第一次世界大戦からそれまでの戦争とは大きく変わってしまった、ということでしょうが、ミサイルや無人機で攻撃をする昨今にチャーチルが生きていれば同じことを言ったのかもしれません。

人権や捕虜という概念も希薄な昔に、そもそも戦場に「きらめきと魔術的な美」はそもそもあったのか、というもっともな指摘はさておき、いまだ健在なのは、フィクションの世界でしょう。地球のみならず、宇宙や異世界での行軍物語が人気なのは兵器や登場人物が魅力的であるだけでなく、戦略と戦術・作戦のかけひきによる「きらめきと魔術的な美」がそこにあると感じるからに違いありません。

 

終末のイゼッタ』という第二次世界大戦のスイス的な国が舞台の、弱小国家が侵攻国家から身を守る際、魔法の力を借りるというSF?アニメがありましたが、物量vs魔女ではなく、最終的には魔力は(作中の)現代兵器の上を行き、魔力の殴り合いになったので、戦略的な話にはなりませんでした。魔法が登場する1910年代のヨーロッパ的な世界を舞台にした『幼女戦記』では魔力が航空戦力として戦略・戦術上重要なポジションを占めるものでして、戦略上の話が多く出てきます。

この『幼女戦記』のアニメの最後のほうに戦況の雌雄を決するために敵勢力を右翼撤退により誘い込み、反対側左翼戦線を突破して包囲する作戦がありました。

ローマ帝国カルタゴが戦ったカンネーの戦いの作中ではたとえられていました。間エーの戦いでは、カルタゴが両翼からローマ軍を突破して中央を包囲・殲滅したからでしょう。

しかし個人的には、アウステルリッツの戦いのようにも見えました。アウステルリッツの戦いでは、ナポレオン率いるフランス軍とロシア・オーストリア連合軍が戦うわけですが、戦況に大きく有利となる数の点では連合軍がまさり、またおなじく、有利にはたらく高地をとっていたのも連合軍でした。ナポレオンはあえて、軍の一部を手薄にすることで、そこを攻め込まれているうちに、逆に、高地へと攻め入って、打ち破りました。

ようは「一見有利に見せる餌を用意し、そこへ手を伸ばしたらたたく」というわけです。『幼女戦記』では、後退した軍の後ろには工業地帯があり、敵軍としては手に入れたいものです。そこで前進しているうちに…というのはアウステルリッツの戦い的であると思います。

 

ガルパンはいいぞ」で有名になった?『劇場版』ですが、ここにもアウステルリッツの戦い的な要素がありました。

こちらは序盤で主人公サイドが「ひっかかる」のですが、高地がありがら空きなのでとりあえず確保します。しかし敵が持っていた隠し玉で遠距離攻撃されてしまい、むしろ高地にいることが標的になりやすい負の価値を帯びてしまったのです。(同時に別部隊が高地を回避して迫っており、包囲されてしまうわけですが)

 

こうした「一見有利だけれど」という状況であって逆転していく「ひらめきと魔術的な美」こそ、物語の面白さとして求められているのでしょう。「アウステルリッツ的」なものは今後も目にできそうな一方で、それが紋切り型になって「ひらめき」「魔術的な美」が消え去ることはないでしょうが、物語の作り手にはより一層の作戦立案が求められることになりそうです。

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